明神がこの地まで来て子を産み
どんな伝承か
東広島市の東志和に、すぼ明神というものがある。明神がここまで来て子を生み、すぼ、すなわち藁で作った粗末な炭俵に包んで捨てたのだという。それで毎年六月十七日の管絃祭には、この社に鹿が詣るといわれている。『広島県史 民俗編』はこれを、明神が厳島に定着するまでの道中で子を生み、おろすか捨てるかしたとする一連の伝承のひとつとして挙げ、宇佐八幡宮で菱形池の薦を刈り編んで木枕を包んだ御験の秘儀との類似を指摘している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
広島県史 民俗編――伝説の分布(広島県(編)・広島県史・自治体史(民俗))
『広島県史 民俗編』所収の伝説の分布論。広島県(安芸・備後)に伝わる伝説を、その素材と分布の地域的特色から論じる。