数十人をばかす狐
どんな伝承か
狐が人を化かすのは一人二人の少数に限られると思われがちだが、徳川時代に本願寺法主の一行数十人が一度に化かされた珍事がある。文政十年、京都の東本願寺が洛外の西山に土地を買い、法主の別荘を建てることになった。その地には古い神祠があって社殿の下に狐の穴があり、付近にも狐の穴が多く、取り退ければ災いがあるといわれて地ならしもできずにいたが、ついに祠を取り壊し狐穴をみな埋めて整地した。その後、法主一行が別荘地の見分に赴いた帰り、南へ行くべきところを北へ向かい、三時間も稲田の中を迷い歩いたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・昭和初期(1927))
心霊研究家・岡田建文が昭和二年(一九二七)に著した『動物界霊異誌』。現代物理は宇宙の大物理の末梢に過ぎぬとの立場から、動物の霊異を迷信的虚妄として退けず証明すべき事例として収集する。蝦蟇(ヒキガエル)の章では、蛇を埋めてクリ茸を生やし食う怪(島根波根東村)、背に五寸釘を刺され口から怪光を吐く大蝦蟇(会津若松龍田屋、同時に幼児が高熱)、猫を灰色の液汁に溶かす怪(石見久利村)、慶応二年に浄土寺へ夜ごと現れた武士の正体が蝦蟇だった話を収める。