馬追ひに早変りする狐
どんな伝承か
石見国大田町字新市の農・春日彦五郎の母親が、早朝、半里ほど離れた刺鹿村字一井の俗称ミカサン池のそばの村道を通ると、向こうから馬を牽いてくる男がいた。道を譲って通すと、馬は青草を背に積み、鈴をシャンシャン鳴らして過ぎていった。十間ほど歩いてふと振り返ると、今すれ違った男も馬も跡形なく消え、代わりに一匹の野狐がチョコチョコと池の横の小坂を登っていた。左右は田と山ばかりで馬を引ける道ではなく、人を誑かす綿田山の狐が馬子と馬に化けたのだろうと語り伝えられた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・昭和初期(1927))
心霊研究家・岡田建文が昭和二年(一九二七)に著した『動物界霊異誌』。現代物理は宇宙の大物理の末梢に過ぎぬとの立場から、動物の霊異を迷信的虚妄として退けず証明すべき事例として収集する。蝦蟇(ヒキガエル)の章では、蛇を埋めてクリ茸を生やし食う怪(島根波根東村)、背に五寸釘を刺され口から怪光を吐く大蝦蟇(会津若松龍田屋、同時に幼児が高熱)、猫を灰色の液汁に溶かす怪(石見久利村)、慶応二年に浄土寺へ夜ごと現れた武士の正体が蝦蟇だった話を収める。