狐の直立歩行の稽古
どんな伝承か
明治初年、石見国大田町字新市(現・大田市)の農・池田屋の老母が、金毘羅谷の上へ枯枝拾いに行き、樹間から谷底を見ると、少しばかりの平地で七、八匹の狐が直立歩行の練習をしていた。一、二匹ずつ順に、赤土の切岸のような崖に向かって急ぎ足でヨチヨチと立って歩き、ドシンと突き当たるのを限度にして次の番と交代し、何度も繰り返した。老母は狐が人を化かすときの用意だと気味悪く思った。やがて狐たちが相撲のようなことを始めたので、いよいよ心持ちが悪くなり、結末を見ずに帰ってきたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・昭和初期(1927))
心霊研究家・岡田建文が昭和二年(一九二七)に著した『動物界霊異誌』。現代物理は宇宙の大物理の末梢に過ぎぬとの立場から、動物の霊異を迷信的虚妄として退けず証明すべき事例として収集する。蝦蟇(ヒキガエル)の章では、蛇を埋めてクリ茸を生やし食う怪(島根波根東村)、背に五寸釘を刺され口から怪光を吐く大蝦蟇(会津若松龍田屋、同時に幼児が高熱)、猫を灰色の液汁に溶かす怪(石見久利村)、慶応二年に浄土寺へ夜ごと現れた武士の正体が蝦蟇だった話を収める。