白蛇となった奥女中艶の地蔵
どんな伝承か
元禄のころ、郡山藩本多家の老職松本将監平憲が江戸勤番のあいだに、奥女中の艶と深い仲になった。将監は役目を終えて郡山へ戻る際、親兄弟へ暇乞いをしてから連れて帰ると告げたが、艶が里へ帰っている間に一人で発ってしまう。追った艶は関所で止められ、ついに湖へ身を投げた。すると湖から白蛇が現れて関を越え、浜松の宿で将監に追いつき首へ巻きついた。刀で斬っても斬りきれず、命からがら郡山へ帰って妻に話すと、妻は髪を下ろして貞勝院月圭元明と名を改め、艶の菩提を弔った。すると白蛇は離れたという。将監の没後、元明は堂を建てて白蛇の骸を埋め、その上に地蔵を祀った。これが艶塚地蔵である。
原典より
元禄のころ、郡山藩本多氏の老職、松本将監平憲が江戸に勤番していたとき、本多家の奥女中に艶という娘がいた。—— 奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史・自治体史(民俗))
『奈良市史 民俗編』第十一章所収の伝説。奈良県奈良市に伝わる木・石・塚・水・山・森・社寺・人物・動植物・町名の伝説を昭和三十七年からの探訪で集成する。