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松山菊子の千里眼

所在地愛知県豊橋市連雀町
年代明治43年
登場松山菊子、十七、無職
出典心霊哲学の現状

どんな伝承か

長尾郁子の評判が伝わると、四方に霊能者が勃興した。門脇鼎が統計して『心理時報』に載せた千里眼可能者の名簿には、御船千鶴子と郁子を加えて二十八人が並ぶ。その二番目が松山菊子(十七)で、住所は豊橋市連雀町、無職と記される。動機の欄には、御船千鶴子の状況を聞き、信仰する法華経によって千里眼が可能であるとの念を得た、とある。名簿は前年四月から十二月三十一日までに発表された者と、その後に発表された者とに分けて掲げられている。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

心霊哲学の現状(高橋五郎・大正時代(1910年代推定))

バイバル夫人の交霊会(心霊哲学の現状)/霊媒術と自動書記/音声による霊界通信/物質化現象/心霊哲学と死後存続論

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