舞妓お久の舞扇「如桜花」
どんな伝承か
伊勢の古市に、お久という舞妓がいた。日本海の大海戦に勝った連合艦隊のうち横須賀軍港所属の第一、第三艦隊が志摩湾に投錨し、司令官以下が戦勝奉告のため伊勢大神宮へ参拝したとき、宇治山田市長や三重県知事の招待で大歓迎会が催された。お久はその席で踊りを舞い、硝煙になれた東郷元帥はその美しい舞姿に恍惚として、筆を取り舞扇の裏へ「如桜花」と酔筆で書いた。のちお久が表にも一筆をと望んだので著者が取り次ぐと、元帥は対句はあんたが考えてくれるかと笑い、扇を紙に包んで用簞笥へしまった。後年その簞笥から元帥自筆で「往時夢如」と書いた紙片が見つかり、お久はそれを貼り合わせて掛物に仕立てたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私の心霊術(長田幹彦・昭和中期(1940年代~1950年代推定))
幼少期の地獄極楽のぞきからくり(私の心霊術)/心霊術と降霊の実演/作家長田幹彦の心霊体験/交霊と幽霊との接触/明治〜昭和の心霊文化