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船形屋敷の白狐の祟り

所在地京都府京都市右京区嵯峨鳥居本小坂町(船形屋敷)
年代約七十年前〜
登場田中作治郎、森田徳之助、元之助、菊屋の男衆、屋敷を売り塚を壊した人、作治郎の弟・屋敷を譲られた人
出典三田光一の念写と透視能力に関する研究記録

どんな伝承か

船形屋敷の住人が病むのは白狐の祟りだという説がある。屋敷の旧主の田中作治郎が六、七歳のころ、小さな白狐が毎夜井戸端の穴から庭に入り、床几に座って朝まで屋敷を見守り、明け方には京の方角へ帰っていった。人がなでても動じず、供え物にも口をつけなかったという。ある朝、帰る途中の白狐を、村の宿屋の菊屋の男衆が犬に追わせ、木から竹棒で突き落として殺させた。作治郎の祖父は驚いて亡骸を屋敷に葬り、塚を築いて白陸大明神として祀った。男衆はまもなく熱病で死に、のちに屋敷が売られる際に塚は壊されたという。

原典より

作治郎氏の祖父が此のことを聞いて非常に驚き、白狐の死体を持ち帰りて屋敷内に葬り、塚を立て、白陸大明神として祀つたのである。—— 三田光一の念写と透視能力に関する研究記録(福来友吉) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

三田光一の念写と透視能力に関する研究記録(福来友吉)

『三田光一の念写と透視能力に関する研究記録』は、福来友吉の著作から霊能者三田光一を扱う節を抜き出したものである。大正六年の通信による透視実験と、同年の名古屋の県会議事堂、大正七年の尼ヶ崎実科高等女学校、昭和四年末から翌年元日の日本地下水協会、昭和五年の京都嵯峨と牧野家での念写実験を、立会人や乾板の封じ方まで詳しく報告する。地下水協会と嵯峨の実験には著者の感想が付き、前節の透視実験の末尾、霊の幻化の章の序論、ホープ氏の節の冒頭も含む。

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