炊事婆お菊に養われた白狐の親子
どんな伝承か
渡波の宮殿寺は慶長開山の曹洞宗の寺で、境内には護法白山妙理大権現の堂がある。寛政のころ、その裏山には年を経た白狐の夫婦が棲んでいた。ある年、陸も海もひどい凶作に見舞われ、生まれたばかりの七匹の子を抱えた狐は食に窮する。見かねた寺の炊事婆お菊が、残り物や屑菜をひそかに分け与えた。白狐の姿はお菊の目にしか映らなかったという。追い詰められた親狐は、檀家の法事の夜に住職へ化けて馳走にあずかろうとしたが、犬に見破られ深手を負って穴にこもった。子狐たちは近隣の者に化けて食べ物を騙し取り母を養ったので、村人はお菊狐、ねんねこ狐、喜八郎狐と呼んだ。明治十六年の渡波の大火で寺は焼け、狐の消息も絶えた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城県史 民俗編(宮城県史シリーズ・昭和中期(推定1960-1970年代))
宮城の民間信仰と禁忌(宮城県史民俗編)/禁忌を破る祟りと火玉/河童・狐狸の怪/年中行事と俗信/地域の幽霊・妖怪伝承