雷火數年公卿悉く仆る
どんな伝承か
当時、右大臣公忠という者があり、延喜二十年四月に急死したが一日で蘇生した。三日目に目覚めて驚いて語るには、頓死して閻魔王宮に至り、門前にたたずむと衣冠束帯の人が中交を捧げて延喜帝の所業を陳謝するのを聞いた。それが菅公だと知った。帝はこれに驚き、勅を下して菅公の官職を右大臣に復し正二位に進めた。しかし菅公の霊はなお鎮まらず、延長八年六月廿六日に雷火があり、大納言藤原清貫は胸が裂けて死に、右中弁平希世は顔を焼かれて死んだ。藤原是茂らも火焔の中に悶絶した。帝もこれより病み、九月に位を朱雀天皇に譲ってほどなく崩じたという。
原典より
* 知盛の怨靈* 新院の怨靈* 世を呪ふ大魔王* 頼豪阿闍梨の怨靈* 鼠と成て祟る* 蛇體になった清姬* 幽霊主家を断絶さす* 乃木大将と女の幽靈* 幽霊に取殺されて甦る—— 幽霊は語る(梶天真・幽霊研究・大正〜昭和(戦前)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・幽霊研究・大正〜昭和(戦前))