河原左大臣の幽靈
どんな伝承か
平安時代、左大臣源融の邸宅であった河原院は、陸奥の塩竈の景を庭に写し潮を汲ませて塩を焼かせるなど、風雅を凝らした屋敷だったという。融の没後、邸は宇多院に譲られ、延喜帝もたびたび行幸した。院がまだそこに住んでいたある夜、塗戸を開けて忍びやかに近づく者があった。姿の麗しい男が太刀を帯び笏を手に畏まっており、誰かと問えば、この家の主であった融の霊であると名乗ったと伝わる。
原典より
* 梅若丸の幽靈* 琵琶博士の幽靈* 楠正成の幽靈* 自殺して逢に来た幽靈* 乃木大將幽靈を叱る* 海中に角帶締めた幽靈* 泉式部の幽靈—— 幽霊は語る(梶天真・幽霊研究・大正〜昭和(戦前)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・幽霊研究・大正〜昭和(戦前))