自殺して逢に来た幽霊
どんな伝承か
播磨の加古川に住む儒者・丈部左門は、病に苦しんでいた東国からの旅人を助けて回復させた。旅人は出雲松江の兵学者・赤穴宗右衛門といい、尼子経久に滅ぼされた富田城主塩谷掃部介の軍師であったという。二人は義兄弟の契りを結び、赤穴はいったん雲州に帰るが、九月九日の重陽の節句には必ず戻ると約束する。当日の夜更け、左門の前に赤穴が現れ、経久に城内へ留め置かれて戻れなくなったため、魂は一日千里を行くという言葉どおり自ら命を絶って霊となり約束を果たしに来たと告げ、母によろしく伝えてくれと言い残して姿を消したという。
原典より
播磨の加古川の儒家、丈部左門の知人の家に、東國の旅人なる武士らしき男病ひを得て呻吟してをつた、左門気の毒に思ひ醫薬の手をして平復させた、旅人は出雲松江の赤穴宗右衛門といふ兵学者にて尼子經久に滅ぼされし富田の城主塩谷掃部介…—— 幽霊は語る(梶天真・幽霊研究・大正〜昭和(戦前)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・幽霊研究・大正〜昭和(戦前))