尊氏との戦に敗れた児島高徳が主従六騎で辻堂で自害したと伝える…
どんな伝承か
兵庫県印南郡別所村北宿では、元弘元年五月、尊氏との戦に敗れた児島高徳が主従六騎でこの辺りまで落ち延び、ある辻堂で自害したと伝えられている。今、松の木一本が立つ墓の塚を六騎武者と呼び、そこにある石仏は喧嘩仏と呼ばれる。この石仏に礫などを打ちつけると、たちまちその友達同士が喧嘩を始めるのだという。日本伝説播磨に記された、討死の武者と石仏の祟りを結びつけた伝承である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。