菅公の怨靈
どんな伝承か
人の知らぬ者なき怨霊の中でも、菅公すなわち菅原道真の怨霊はその最たるものである。道真が没してほどなく、陰雲がたちまち京師を覆い、雷電が昼夜絶えず、人々は皆これを菅公の祟りとした。公卿は震え上がり、一人も殿上に上る者がなかった。左大臣藤原時平は、生前は我が部下だった者が死して霊になろうと恐るるに足らずと、剣を提げて紫宸殿の階上に立った。しかし延喜九年に藤原菅根が震死し、翌年時平も病に伏した。医薬も祈祷も効かず、菅公の霊が時平の父基経に示現して怨敵に報いると告げ、時平はついに死に、一族に死者が続いたという。
原典より
* 雷火數年公卿悉く仆る* 知盛の怨靈* 新院の怨靈* 世を呪ふ大魔王* 頼豪阿闍梨の怨靈* 鼠と成て祟る* 蛇體になった清姬* 幽霊主家を断絶さす* 乃木大将と女の幽靈—— 幽霊は語る(梶天真・幽霊研究・大正〜昭和(戦前)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・幽霊研究・大正〜昭和(戦前))