千駄木の二階に端座する紳士
どんな伝承か
明治四十二年九月二十二日の真夜中過ぎ、本郷区千駄木町の自宅で、東京帝大工科大学助教授の松田勉三が拳銃で命を絶った。妻は同じ区の元町へ移り、翌年二月、その家に倉持欧憲一家が入る。同居していた法科大学生の鵜澤憲は、二階六畳で学年試験の勉強をしていた。六月の雨の夜、机に寄りかかってうとうとし、ふと目を覚ますと、枯れた風貌の五、六十がらみの紳士が悄然と端座している。凝視するうちに煙のように消えた。一月後にも同じことが起こり、部屋を検めると障子と鴨居に血の痕が点々と残っていた。
原典より
明治四十二年九月二十二日の真夜中過ぎ、本郷区千駄木町百七十番地の自宅に於て、東京帝大工科大学助教授工学士松田勉三氏が拳銃自殺を遂げたる顛末は、当時の紙上に特載されたが、勉三氏の妻たけ子は十二月同区元町一丁目五十八番地へ転…—— 幽霊は語る(梶天真・幽霊研究・大正〜昭和(戦前)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・幽霊研究・大正〜昭和(戦前))