田の中の赤達磨
どんな伝承か
明治四十二年、播磨国神崎郡幸前村大字鍛冶に小谷テツという一人暮らしの婆さんがいた。ある日、岡山方面にいる孫娘の定子(五歳)を連れて帰る途中、家の近くの親戚の家先に定子を置き、先に帰って荷物を片づけてから迎えに行くと子の行方が知れず、村中総出の捜索になった。テツの家から十町ほど離れた鍛冶寺という寺の前の田の中で、絵に描いた赤達磨そのままのものが幼児の手を引き、稲の堆積の周りをぐるぐる回っているのを子守女たちが見た。近寄ると赤達磨は突然消え、幼女だけがぼんやり立っていたという。
原典より
明治四十二年、播磨國神崎郡幸前村大字鍛冶に、小谷テツ(變名)と云ふ一人暮らしの婆さんがあつたが、或る日、岡山方面に居る孫娘の定子(五)を連れて帰る途に、自家の近くの親戚方の家先に定子を置いて、一ト足先きに家に歸つて手荷物…—— 幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談・大正〜昭和(戦前)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談・大正〜昭和(戦前))