世田城と蛇の池の大蛇
どんな伝承か
南北朝時代、伊予の世田山に大館氏明が築いた世田城があり、城将は篠塚伊賀守であった。山麓の蛇の池は築城以来の池の主が棲み、世田城鎮護の神とされていた。細川勢の大軍に攻められ落城間近と見た伊賀守は、城を脱して敵勢十八人ほどの首を刎ね、池の主の大蛇に投げ与えたのち自害した。その時、池に竜巻が起こり大蛇が現れて岩を崩し、この岩陰に隠れていた細川勢の大半が下敷きとなって死んだという。この岩山は今も崩岩と呼ばれている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
怪談の世界(山田野理夫・昭和中期(1977年頃))
ザシキワラシ(座敷童子)と福の神(怪談の世界)/遠野・東北の怪異伝承/家運の盛衰と怪音/妖怪と幽霊譚/山田野理夫の怪談採集