ドロメンが祭られる話
どんな伝承か
御降りの正体は、泥に汚れた不潔な土間の靴脱ぎ石の上に光っている、径三四分の金色のものだった。大神宮の御殿の釘の頭かいな、仏さんの御衣の留め玉とは違うかと言い合い、粗末にして罰が当たっては困るというので、一人が白紙をひろげて恐る恐る掬い取り、一人が三宝に受けて床の間に置いた。そして御洗米や御灯明が用意されつつあった。皆はしばらく畳に額をすりつけて拝んでいたが、それは子供の弄ぶ土のめんこであったという。
原典より
御降りの正體は、泥に汚れた不潔な土間の靴脫ぎ石の上に光つてゐる、径三四分の金色のものだつた。—— 阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・昭和(対象は幕末)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・昭和(対象は幕末))
概観篇では御降り(御札降り)に関する騒擾、伊勢神宮への御蔭参り・抜参りを慶安・宝永・明和・文政・慶應と時代別にたどり、慶應のええじゃないか、阿波のええじゃないかへと展開。幕末阿波(徳島)の御札降り・群集乱舞・世直し的民衆運動を、各事例の冒頭に【日付】【場所】【人物】【状況】マーカー付きで網羅した民俗・世相史。