能登玉椿の里と八百比丘尼
どんな伝承か
能登国は八百比丘尼にまつわる遺跡や伝説の多い土地で、『能州名跡志』には羽咋郡富来から二里ほどの間に、八百比丘尼が植えたという椿原があると記されている。土地の伝えによれば、昔、越中黒部川の港に玉椿の里という賑わう集落があった。里長が友とともに上洛する途中、一人の武士と道連れになったが、その正体は越後国妙高山の麓に住む三越左衛門という千年を経た狐であった。狐は里長をもてなし人魚の料理を出したが、里長は食べず、友が懐に入れて持ち帰った。友の妻がこれを土産と思い食べたところ八百年もの長寿を得て、後に八百比丘尼と呼ばれるようになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
福井縣鄕土誌 民間傳承篇(福井縣鄕土誌・昭和初期(1920年代~1930年代推定))