第二十 甲府の武田神社
どんな伝承か
韮崎から北へ六里、山深い増富ラジウム温泉を訪ねた帰りに、甲府の武田神社へ参詣した折の感懐である。この社地は武田晴信(信玄)在世中の躑躅崎の館跡にあたり、遠く甲斐の連山を望み、後方に要害山を控えた景勝の地で、古木鬱蒼として森厳の気が自ずと人の襟を正させるという。祭神は清和源氏新羅三郎義光の後裔で、大永元年生まれ、元服して晴信と改め信濃守となり、天文十年に父信虎の跡を継いで甲斐国主となり、治山治水や産業開発、甲州流兵法の範を示した御偉業で知られると記されている。
原典より
第一 中野長者と淀橋の伝説建久の昔、主家の滅亡によって紀州を亡命した鈴木三郎重家の子孫であるといわれている鈴木九郎という武士は、今から五百年以前、応永年間に諸国流浪の末奥州に行き、武家を再興しようとしたが果さず、ついに馬…—— 城西風土記と昔語り(熊沢宗一・昭和初期~昭和中期) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
城西風土記と昔語り(熊沢宗一・昭和初期~昭和中期)