疫病で死に絶えた辻村
どんな伝承か
柳田国男が絶えた村の例として挙げるなかに、駿河の辻村がある。江尻町の東にあったこの村は明和九年に疫病で死に絶え、屋敷の跡は畑になったという。
原典より
駿河江尻町の東にあつた辻村と云ふ村も明和九年に疫病で死絶えて、屋敷地が畑になつた。—— 定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第3巻』は、柳田国男の紀行・日記・随筆を集めた著作集の一巻である。相模・武蔵の村々を歩いた「水曜手帖」、昭和二十三年八月の自序を持つ「北国紀行」、明治四十三年の「五十年前の伊豆日記」、国際聯盟の委任統治委員会に勤めた大正十一年の「瑞西日記」と「ジュネーブの思ひ出 その他」を収める。後半の「菅江真澄」は昭和十七年二月の序を付け、真澄の著述と旅の跡を年を追ってたどり、写真解説を添える。