比丘尼山(その一)
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どんな伝承か
源頼家が伊豆修禅寺で害された後、妾の若狭局がこの地に来て剃髪し、比丘尼山に草庵を結び頼家追福の一寺を草創したと伝える。山を比丘尼山と呼ぶ由来である。
原典より
比丘尼山について 『新記』は「村の西にあり、比企判官能員が女、頼家将軍の妾となりて、若狭局と称せしが、頼家横死の後、此地に草庵を結びて住せし所と云」と記し、また、「宗悟寺」の条では、「宗悟寺曹洞宗、豊嶋郡赤塚村松月院の末…—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 上(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成・昭和40年代刊(上巻)) より引用地図で位置を見る
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 上(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成・昭和40年代刊(上巻))
韮塚一三郎『埼玉県伝説集成——分類と解説 上』を全487話・伝説(土地別の異伝)単位で収録(巻中の<解説>・[参考]・和歌・注は本文に内包)。
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東松山市の伝承
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