笄を差し出して渡った笄橋
どんな伝承か
港区西麻布、長谷寺門通りから東へ二町ほど行った龍川に笄橋が架かる。天慶の乱のさなか、前司広雄という者が関を設けて源経基の通行を阻んだ。経基は自分の刀の笄を証しとして差し出し、とがめられることなく橋を渡ったという。以後この橋は経基橋と呼びならわされたが、康平六年、源義家が先祖の名をはばかって笄橋と改めたと伝える。『江戸砂子』『渋谷風土記』『港区史』にみえる。
原典より
港区西麻布の長谷寺門通りから東へ二町(二〇メートル)ほどいった龍川に、笄橋がかかっている。—— 武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・昭和51年(1976)刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
武蔵の伝説(大島建彦/渡辺千佳子・日本の伝説・昭和51年(1976)刊)
大島建彦・渡辺千佳子『武蔵の伝説』(角川書店「日本の伝説」シリーズ・昭和51年=1976刊)を全799話・伝説単位で収録(巻頭「はじめに」は除く)。旧国「武蔵」=東京都・埼玉県および神奈川県の一部(川崎・横浜など)にまたがる伝説を、木/石・岩/水/塚/坂・峠・山/祠堂/家・村/祭礼・行事 の八部門に分類して集成する(内訳 東京都371・埼玉県353・神奈川県75話)。