牛の糞に怒って世に出た藤綱
どんな伝承か
鎌倉幕府の引付衆青砥左衛門尉藤綱は、北条時頼と時宗に仕えた名裁判官として語り継がれてきた。身分の低い地下人が執権を訴えた土地争いでは地下人の言い分を認めて執権を敗訴にし、礼にと屋敷へ運びこまれた銭三貫文は、わざわざ遠い在所まで運ばせて返したという。その藤綱がまだ浪人だったころ、道端で糞をしている牛を見て、この国に生を受けながら天下の公道を汚すとは不届き、するなら畑でしろと怒鳴りつけた。これを伝え聞いた時頼が興味を持って呼び出し、人物に惚れ込んで引付衆に抜てきしたと伝わる。ただし相当に眉唾らしい、と著者は付け加えている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・昭和42年(1967)刊/読売新聞神奈川県民版連載65回分)
『神奈川の伝説』(読売新聞社横浜支局編・文=谷川平夫記者・昭和42年=1967刊)を全65話・伝説単位で収録(巻頭の序・序文・はじめに・目次は除く)。読売新聞神奈川県民版に昭和40〜42年連載された「神奈川の伝説」全80回のうち65回分を書籍化したもの。横浜・川崎・横須賀・鎌倉・藤沢・小田原・相模原・厚木・三浦・箱根など神奈川県下各地の伝説を、樹木/石/塚/水/坂谷島/古屋敷址/神社寺院堂祠/禁忌/地名 の主題別に集成する。