かんなん堂とごただ
どんな伝承か
昔、藤井田圃を洪水が氾濫した際、「かんなん堂」に仏像が漂着したので、堂を建立してこれを奉安した。その地が今のかんなん堂の地である。この観音堂の移転についてはいろいろごたごたがあり、仏像が宙に迷ったことから、「ごただ」という地名が起こったという。仏像は秘仏で、三十年に一度の開帳のほかは拝することができず、開帳すれば必ず大暴風があるといわれた。旱魃のときはわざと開帳して雨乞いをしたこともあるという。この仏像をひそかに盗み見ると必ず天罰があり、堂の修理に来た下条村の大工が禁を犯してたちまち失明したと伝わる。仏像が桜の木に彫られているため、里人は鎌の柄などに桜を用いることを忌み嫌う。
原典より
昔藤井田圃を洪水が氾濫した際、「かんなん堂」に仏像が漂着した。—— 韮崎市の民話伝説(昭和四十二年(1967)刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(昭和四十二年(1967)刊)
山梨県韮崎市(穴山・穂坂・清哲・神山・大草・藤井・竜岡・中田・円野ほか各町)に伝わる伝説・民話を、木/石/水/塚/坂・峠/山/谷・沢/屋敷跡・城址/祠堂/その他 の各部門に分類して集成する。武田信玄・勝頼ら甲斐武田氏や新府城にまつわる伝承、日本武尊・源為朝・弘法大師の旧跡、御神木や霊石・霊池の怪異、稲荷・地蔵・観音の霊験、狐狸むじな・河童・鬼の昔話など、韮崎の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を地区つきで網羅する。