上今井、長久保堰
どんな伝承か
穂坂の上今井と長久保は旱魃の年には飲み水にも大変困ったので、享保五年、穂坂堰の末流を倭文神社の前から上今井まで、さらに上今井からはお山之神様の石段の中段を掘り割って長久保まで水路を掘り、水を流した。この工費は藩主柳沢吉里から下賜されたものである。ところが翌享保六年、上今井と長久保に疫病が大流行した。誰言うともなくお山の神様がお怒りになったのだといい、ついにお山の神様は水をお嫌いだと言われるようになった。水路の手入れをする者がなくなり、堰は廃堰となってしまった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(昭和四十二年(1967)刊)
山梨県韮崎市(穴山・穂坂・清哲・神山・大草・藤井・竜岡・中田・円野ほか各町)に伝わる伝説・民話を、木/石/水/塚/坂・峠/山/谷・沢/屋敷跡・城址/祠堂/その他 の各部門に分類して集成する。武田信玄・勝頼ら甲斐武田氏や新府城にまつわる伝承、日本武尊・源為朝・弘法大師の旧跡、御神木や霊石・霊池の怪異、稲荷・地蔵・観音の霊験、狐狸むじな・河童・鬼の昔話など、韮崎の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を地区つきで網羅する。