日本武尊の御座石
どんな伝承か
景行天皇の御代、日本武尊が東征の折に穴山町を通り、次第窪の西原で休まれたときの御座石が残るという。その聖跡に伊勢の皇太神宮を祀って伊勢の宮と称した。朱鳥十二年八月朔日には国内に大洪水があり、西岳連峰が崩れて巨摩の兄川すなわち釜無川を堰き止め、数日にわたって水が浸み被害は甚大であった。そのとき里人が尊の御座石の一片を移し祀って水を治めたという。以来その地を御座石山と称している。
原典より
景行天皇の御代日本武尊御東征の折、穴山町を御通過なされて、次第窪の西原に憩せ給ひし時の御座石がある。—— 韮崎市の民話伝説(昭和四十二年(1967)刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(昭和四十二年(1967)刊)
山梨県韮崎市(穴山・穂坂・清哲・神山・大草・藤井・竜岡・中田・円野ほか各町)に伝わる伝説・民話を、木/石/水/塚/坂・峠/山/谷・沢/屋敷跡・城址/祠堂/その他 の各部門に分類して集成する。武田信玄・勝頼ら甲斐武田氏や新府城にまつわる伝承、日本武尊・源為朝・弘法大師の旧跡、御神木や霊石・霊池の怪異、稲荷・地蔵・観音の霊験、狐狸むじな・河童・鬼の昔話など、韮崎の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を地区つきで網羅する。