嫁殺し田
どんな伝承か
その昔、東伯郡三朝町福田にも田植えの季節がやってきた。福田の入口にある田は長さ二百メートルもある長大なもので、その仕事のつらさは持ち主でない者にも見当がついていた。その年、持ち主の家に来ていた若い嫁が、姑から一人でその田を植えるよう言いつけられた。嫁は朝早くから一日中植えたが、半分もすまないうちに日は西の山の端に沈もうとしている。股の下から残りを見渡すと、水を張った田はまるで海のように広大に見えた。嫁は驚きのあまり田に突っ伏し、二度と起き上がれなかった。以来この田を嫁殺し田と呼び、そばに墓石を建てて弔ったという。
原典より
<高木―「嫁殺しの池」柳田―「嫁の田」>その昔、東伯郡三朝町福田にも田植えの季節がやってきた。—— 日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。