湖山長者
どんな伝承か
高津に斎藤忠右衛門という豪家があった。数十町歩にわたる田を持ち、田植えは一日で済ませるのが例年であった。万寿三年の田植えの時、猿回しが来て早乙女たちが見入り、田植えが遅れてしまった。陽が没しそうな頃、検分に来た長者は植え残された田の多さに激怒し、日の丸の扇で日を招いた。すると日輪が後戻りをし、無事に田植えは終わったという。その夜、にわかに雷鳴雷光が起こって大暴風雨・大津波となり、翌朝には邸宅も田も姿を消して一面の砂原に変わっていた。この時の砂が作った湖が今の蟠龍湖、邸宅跡は長者ヶ原と呼ばれている。(『高津町誌』)
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。