吉備津彦と温羅
どんな伝承か
百済の王子温羅が渡来し、総社の鬼の城に拠って火を吹き岩をうがち、人や猿を食い女を奪ったので、村人に恐れられていたという。四道将軍吉備津彦命は吉備の中山に陣を敷いて戦うが、放つ矢は温羅の矢と喰い合って落ち、勝負がつかない。住吉大明神が童の姿で現れ、二矢を一度につがえて射よと告げる。その通りにすると一矢が温羅に当たり、温羅は姿を変えて逃げ、鯉となって下るところを、命は鵜となって食い、ついに退治した。傷の血の流れを血水川、鯉を食った地を鯉喰宮という。温羅の首は串刺しにしても吠え続けたので、釜の底八尺に埋め、阿曽女に火を焚かせて鎮めた。吉備津神社のお釜殿がその釜で、今も吉凶を占うと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第10巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第10巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全85話(岡山・広島・山口=中国地方)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。