有王塚
どんな伝承か
源平盛衰記に語られる通り、鬼界ヶ島に流された俊寛僧都の侍童有王は、主僧の骨を負って諸国を巡り、桑名の郷に辿りついた。だが有王は歯を病み、当区矢田の地で亡き主僧のあとを追ったと伝えられる。矢田の人々は行き倒れの有王に蓆をかけて弔い、懇ろに葬った。今もこの地には、死者の出た家の軒に蓆をかける風習が残っている。塚のしるしに植えられた松は年を経た。のちに矢田村の村主の枕辺に有王が立ち、歯を病む人はこの松を噛めば痛みを去ることができようと告げたといい、今も歯を病む人の参詣があって、新しい香花が絶えない。先年、有志が滅びゆく遺跡を修築し、句仏上人の句碑が松風の下に立っている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。