雅成親王さんのお妃
どんな伝承か
七百年ほど昔、都の騒動で雅成親王が但馬の国五荘高屋に流された。まだ二十二歳で、寂しさを歌に紛らわせていたという。身重の妃は乳母を連れて都を発ち、松岡の里まで来て道端の石に腰かけ休んでいた。近くの川で洗濯していた婆に高屋への道を尋ねると、婆は五日かかる池上を行き、七日かかる納屋を過ぎ、九日かかる九日市から豊岡へ出て、人を取る一日市を通らねばならぬと言った。実は三里にも満たない歩きやすい道であった。妃は人を取る一日市が恐ろしいと泣き、一日市で捕まるよりこの川に飛び込んで死のう、死んだ後は南の風になって高屋へ行くだろうと言って川に沈んだ。村人がすぐ助けたが、王子を産んだまま亡くなった。悔しがった村人は逃げる婆を捕らえ、松の木に縛って火焙りにし、妃の恨みを晴らした。以来この村の子どもらは毎年三月十五日、婆の形の藁人形を作って松の木に括って焼くようになったという。
原典より
七百年くらい前な、なんでも京の都で大きな騒動があってな、立派な人、偉い人を遠い所や、辺鄙な所へ流しんさったんだって。—— 日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第8巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全133話(滋賀・京都・兵庫=近畿)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。