青井の白玉椿で果てた若狭比丘尼
どんな伝承か
『若狭之守護代之年数並旧記』は、明徳元年、世に聞こえた若狭比丘尼が小浜の西、青井の白玉椿のあたりで死んだという説を伝える。この比丘尼は雄略天皇の御代に若州遠敷郡の鵜の瀬川のほとりに生まれ、今日まで千年に及ぶという。無病で長寿でありながら自分の年を言わなかったので、人はその寿命を知らず、八百歳になったときに八百歳だと言い出したことから八百比丘尼と呼ばれた。父は若狭の道満といい、鵜の瀬川のほとりに住んだ人で、その屋敷の跡がいまも残ると伝えている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第6巻』は、富山・石川・福井の北陸三県の伝説を集めた伝説集成の一巻である。神々の国争い、弘法大師や義経の遍歴、片目の魚、猿神や化物の退治など、伝承地を示した話を掲げ、県別の類話と古記録の文献記事を添える。巻末に福田晃の解説「主人公にたどる伝承世界」と、県ごとに近世の地誌から市町村史・民話集までを並べた使用資料一覧を置く。