俵原村の始まり
どんな伝承か
金沢市田上本町に伝わる。泰澄大師という坊さんが加賀の白山を開山したあと、医王山に四十八ヵ寺の寺を建てた。泰澄の弟子で能登島の住人だった臥りの行者は、いつも山にいて、食事が欲しくなると托鉢に持ち歩く鉄鉢を飛ばして食を乞うていた。あるとき、出羽の国から朝廷へ送る米を積んだ船が金石沖を通った。いつものように鉄鉢を投げると、船頭は「普通の米ならどれだけでもあげるが、これは朝廷に納めねばならぬもので分けることはできない」と断った。そこでもう一度鉄鉢を投げたところ、船の中にある米から何から一切合切が、鳥の立つように鉄鉢に連れられて医王山まで飛んで行った。その途中で俵が落ちた所が俵原村になったという。
原典より
泰澄大師という坊さんが、加賀・白山を開山なされたあと、医王山で四十八ヵ寺のお寺を建てて。—— 日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第6巻』所収の「文化叙事伝説」全44話(福井・富山・石川=北陸)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。