鉢崎と聖が鼻を生んだ泰澄の修行
どんな伝承か
越前から来た泰澄上人は、八崎で一番高い岬に籠って修行していた。沖を通る船へ鉢の子を飛ばして食を乞うたことから、八崎という地名はやがて鉢崎と呼ばれるようになったという。上人が座した崎のほうは聖が鼻の名で残った。のちに泰澄は米山へ登り、そこで修行した堂は聖行山蓮光院と名づけられたと伝わる。米山の頂にある薬師堂の薬師仏も、この泰澄の作だといわれている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第3巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第3巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全65話(山形・福島・新潟)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。