稲荷神の使いの狐が大火を知らせる
どんな伝承か
草加宿は一丁目から六丁目まであり、その四丁目あたりは町名改正で今の住吉一丁目にあたる。そこに草加宿を開いたという「打出の大川家」が居を構え、屋敷神として稲荷を祀っていた。その稲荷には狐がすみついているといわれた。明治三年二月十一日、ちょうど初午の日である。その冬は寒さが厳しかったが、二月に入って緩みはじめたころ、狐たちが夜ごと「コンコン、コソコン」と鳴きわめきながら宿場内を北へ南へ走り騒いだ。その最中に八百屋伊助方から出火し、焼失戸数四五〇戸という大火となって宿一面が焼け野原になった。焼け残ったのは大川家を含め六軒で、人々は稲荷の御眷属が災難を知らせようと鳴き騒いだのだと噂し合った。
原典より
この狐の異常な振舞いが何日か続いていた中で起こったのが「草加の大火」であった。—— 草加市史 民俗編――伝説(草加市(編)・草加市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
草加市史 民俗編――伝説(草加市(編)・草加市史)
『草加市史 民俗編――伝説』は、草加市史民俗編のうち「二 伝説」の章である。地名起源・塚・神々・地蔵・薬師・観音・その他の神仏・旅の僧・動物と妖怪の九節で、柿木や青柳の地名の由来、毛長神社の御神体、疣地蔵や火あぶり地蔵、雨乞いの龍、むじな大尽などを、『新編武蔵風土記稿』や縁起碑、土地の伝えによって記す。第十節「世間話」は狐・むじな・狸・雷獣の聞き書きを集め、話ごとに町名と話者の頭文字・生年を添える。