独りでに紙治を弾いた小夏の三味線
どんな伝承か
若旦那の清十郎は吉原の芸者小夏に入れ揚げ、田舎の親類へ預けられた。一年余りののち江戸へ戻るが外出は許されない。父の留守に抜け出して頭の家を訪ねると、小夏は清十郎を思い詰めた末に病で死んだと知らされる。母親のもとへ悔やみに行くと、仏壇に真新しい三味線が供えてあった。娘が大切にしながら一度も座敷へ持って出ないまま逝ったもので、命日ゆえ手向けに出したという。清十郎が調子を合わせて仏前に置くと、三味線はひとりでに鳴りだし一中節の紙治を弾いた。やがて音が止み、母は線香がたちきりましたと告げる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
民俗怪異篇(磯清・磯清・民俗怪異・昭和初期)
磯清『民俗怪異篇』。馬・城・猫・灯の占・狼・落語の怪談という主題ごとに、各地の怪異伝承を随筆風に集成する。馬の怪では、馬を悩ます馬魔(ギバ)とその禁厭、大津馬神社と魔女の素性、古戦場・城趾に出る首切れ馬と濁ヶ淵の主、袖ヶ瀧山の夜行さん(左片袖の姫)、鈴鹿の坂で物言った馬の人語(寛政年中)、馬と恋の執着、徳川家が白馬を禁物とした話。