祖父吉松の不気味な遺言
どんな伝承か
明治四年八月二十二日の夜、穴太村に住む貧農上田吉松の妻ヨネが男の子を産みおとした。当時の上田家には若い吉松夫婦のほか祖父の吉松とその妻ウノがいて、一家は長男の出生を喜び喜三郎と名づけた。ところがその喜びもつかのま、祖父の吉松がまるでその誕生を待っていたかのように他界した。臨終の際、吉松は生後六か月の喜三郎をそばに寄せ、上田家は古来七代目に必ず偉人が現れて天下に名を表した、喜三郎は円山応挙から数えて七代目にあたるから必ず名を表す者になる、亀山の易者によれば学問をさせすぎると親の屋敷にいなくなる、変わった子だから十分気をつけて育てよ、と遺言した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元・武田崇元・大本研究・現代(著述))
武田崇元『出口王仁三郎の霊界からの警告―発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相』。大本の聖師・出口王仁三郎の生涯と予言を、霊界のプログラム(型)として読み解く。