年譜:二月一二日第一次大本事件勃発。一
どんな伝承か
大正十年二月十二日、第一次大本事件が勃発し、同年十月十八日に『霊界物語』の口述が始まった。教団の膨張の背後には、王仁三郎を有栖川宮熾仁親王の落胤とする噂があった。彼の歌には「ありすがわ」の語が繰り返し詠み込まれ、生母ヨネは伏見の船宿で女中奉公中に熾仁親王のお手がついたと伝わる。昭憲皇太后の姪・鶴殿親子は、王仁三郎が親王に生き写しだとして大本に引き寄せられた。落胤問題は大本・当局双方にとって賭け金の高い問題として、永遠のタブーとされた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元・武田崇元・大本研究・現代(著述))
武田崇元『出口王仁三郎の霊界からの警告―発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相』。大本の聖師・出口王仁三郎の生涯と予言を、霊界のプログラム(型)として読み解く。