二十三夜講の月待信仰
どんな伝承か
二十三夜講は広く行われた月待供養の主なるもので、二十三夜の月の出を待って月を拝し、祈念して功徳にあずかろうとする行事である。三夜サンとよばれる講は主に女年寄りの集りといわれるが、久米や川内に残る記録帳をみると男衆が講員で、久米では大和守、石見守と八幡社の神官も参加していた。講員の数は久米でおよそ八軒、与三では五軒ほどを単位にしていたという。講宿は輪番制で、勢至菩薩の掛軸を床の間にかけ、精進料理で豆や団子を供え、線香と灯明をあげて勤行をする。庚申講と同じように同衾の禁をいい、その夜に結ばれた子は不幸になるといわれた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信(柏崎市(編)・柏崎市史・自治体史(民俗))
新潟県柏崎市の信仰と俗信を網羅する。