田中のゲンバの観音像の祟り
どんな伝承か
柏崎市女谷高原田の毘沙門堂は、以前は地蔵堂であった。この地蔵堂に関わる地蔵院南学は権大僧都であり、十八世紀には当山派修験の相当な権力者であったと思われる。同じくこの地に住んだと伝える山伏の田中のゲンバも権力者であったようで、田中のゲンバの住居跡に建立された観音様の石像を粗末にすると罰が当たるといわれるほどであった。この観音像は現在、毘沙門堂の前庭に祀られている。もっとも、田中のゲンバと地蔵院が同一人物であるかを確定するような材料はなく、毘沙門堂主の山内禅海氏は全く関係がないと述べているという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信(柏崎市(編)・柏崎市史・自治体史(民俗))
新潟県柏崎市の信仰と俗信を網羅する。