田中のゲンバ屋敷跡の遺物
どんな伝承か
女谷には田中のゲンバという話がある。高原田の地蔵堂、いまの毘沙門堂のあたり、松の木の裏手に山伏の屋敷跡があり、そこからは丸柱が出たり、囲炉裏の灰が出たりしたという。田中のショウベイとも呼ばれ、田中とは大百姓を指す言葉である。昔の女谷川は上野の集落を抜けて高原田の山沿いを流れ、新屋敷の裏を通り、大天白の跡地あたりで南へ折れていた。ゲンバは次第に力をつけ、高原田の地蔵堂から兜中山へ一直線に結ぶ原の中、その川沿いに一反七、八畝ほどの屋敷を構えたという。墓は旧診療所の大杉の下、平らな石の上に載る丸い石がそれだとされる。兄筋のゲンバはすでに絶え、弟筋には水上の光明院が続いていると伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信(柏崎市(編)・柏崎市史・自治体史(民俗))
新潟県柏崎市の信仰と俗信を網羅する。