人の死屍を望む狐
どんな伝承か
大正五、六年ごろ、山口県豊浦郡豊西上村大字吉見の金持ちの老婆・木村マツ(変名)が病死した際、数匹の野狐が家の周囲に群がり、隙あらば屋内に侵入して死体を食おうとしたため、人々は追い払うのに苦労した。土葬にすれば狐が掘り出して食うおそれがあるとして、村の慣習に反してマツを火葬にしたという。マツの死から一年ほど後、同村の中根庄三郎(変名)という者に狐が取り憑き、その狐が口を滑らせたために狐を追い立てた張本人が発覚し、裁判沙汰にまで発展したと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・昭和初期(1927))
心霊研究家・岡田建文が昭和二年(一九二七)に著した『動物界霊異誌』。現代物理は宇宙の大物理の末梢に過ぎぬとの立場から、動物の霊異を迷信的虚妄として退けず証明すべき事例として収集する。蝦蟇(ヒキガエル)の章では、蛇を埋めてクリ茸を生やし食う怪(島根波根東村)、背に五寸釘を刺され口から怪光を吐く大蝦蟇(会津若松龍田屋、同時に幼児が高熱)、猫を灰色の液汁に溶かす怪(石見久利村)、慶応二年に浄土寺へ夜ごと現れた武士の正体が蝦蟇だった話を収める。