狐の子を殺し仇なされた話
どんな伝承か
豊田金右衛門が大阪へ上る途中、箱根で駕籠をかいた人足の右手の指が皆くっついてしまっているのを見て理由を尋ねたところ、傍にいた者が語った。その人足の父はかつて百姓で、まだ乳飲み子だったこの人足を残し畑に出て狐の子を捕らえて打ち殺した。ところがその夜、赤子が突然泣き叫んだので駆けつけると囲炉裏の中に投げ込まれており、幸い全身は焼けずに済んだものの、片輪になってしまったのだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・昭和(戦中))
生物学者・小泉丹『科学的教養』(戦中刊)。国民の科学性とは科学知識の普及ではなく科学的態度であるとし、科学的・非科学的の境界を吟味したうえで、怪異談を科学的に検討する。