秩父の山中から帰った童の替玉
どんな伝承か
正徳のころ、江戸神田鍋町の小間物屋の十四、五歳の小僧が、正月十五日の暮れ方に銭湯へ行くと言って手ぬぐいを持って出た。ほどなく表に人の気配がし、入ってきたのはその小僧で、股引に草鞋の旅姿、藁づとを杖に掛けていた。主人は少しも驚かず足を洗わせ、どこから帰ったかと尋ねると、秩父の山中を今朝発ったという。去年の暮れの煤払いの夜に連れられて山へ行き、毎日訪れる僧の客に給仕をして、きのう老僧から明日江戸へ帰すので土産に野老を掘れと言われたと語り、野老を盆に出した。家の者は小僧が年末から居なかったことを少しも知らず、その間代わりに居たのが何者だったかは分からないという。
原典より
其代りとして来りゐけるは、なに物にてかありけむ。—— 科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・1948年(昭和23年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・1948年(昭和23年))
『科学的教養』は、小泉丹が昭和二十三年に春秋社から刊行した、科学的なものの見方を説く評論である。精確さ・合理性・実証の面から科学的と非科学的の違いを論じ、河童の記録や呪いの効き目、『耳袋』の怪異談、狐憑き、幽霊・化物屋敷、人魂・鬼火・怪火を例に、日本人のものの考え方を検討する。昭和十七年に書いた前版を戦後に改稿したもので、序と起序に続く七章から成り、旧稿の終わりの二章を除いたと序に記す。