亡父から返事が届いた文づかひ地蔵
どんな伝承か
路傍の地蔵にはさまざまな渾名がつけられており、その一例として奈良の東大寺内、惣持院の文づかひの地蔵が挙げられている。左少弁行隆は大仏殿再興の仕事を終えたのち、病で世を去った。幼い娘は父に先立たれたことを深く嘆き、どうしてよいか分からず、父が日ごろ信心していた地蔵菩薩の御手に文を書いて結びつけ、六道を導く菩薩であるなら父のもとへ届けて返事を取ってきてほしいと祈った。すると七日目の暁、御手には新しい文があり、開いてみると父の筆跡で返事が書かれていたという。
原典より
* **文づかひの地藏**(奈良、東大寺内、惣持院):左少弁行隆、大仏殿再興事終りて病死せり、幼き娘ありしが父に後れしを深く嘆きてせんすべを知らず、父の年頃帰敬せられし地蔵菩薩の御手に文かきて結びつけ、大聖は六道の能…—— 迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・昭和初期) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・昭和初期)
医学者・富士川游が監修した『迷信の研究』。迷信を医学史・民俗学・心理学の立場から体系的に分類・解説した大著で、二百数十項目にわたる。總體では迷信の定義・歴史・階段・根本(原始的宇宙観)・暗示・妄想・科学との関係・心理(錯視現象)・光明面(フレーザー)を論じる。身體では人体十二宮・七曜・五行配当、厄歳とその俗説、相生相尅・男女相性・有卦、女が夫を殺すとされる丙午の迷信と天明・弘化のさとし書を扱う。