二人の宮が絶えた道の縁切榎
どんな伝承か
板橋の在、志村の街道筋に一本の榎が立っていた。寛保のころ磯の宮が京から下ってこの道を通り、そのまま身罷った。宝暦のころには波の宮が同じ榎の下の道筋を通り、やはり亡くなったという。誰言うともなくこの木を縁切榎と呼ぶようになり、やがて悪縁を断つ神として敬われるに至った。縁切りの願をかける場所は各地にあり、福岡の長宮院に祀られるお綱さんも、嫉妬のあまり死んだ女の霊を鎮めた社で、同じく縁切りに験があるとされる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・昭和初期)
医学者・富士川游が監修した『迷信の研究』。迷信を医学史・民俗学・心理学の立場から体系的に分類・解説した大著で、二百数十項目にわたる。總體では迷信の定義・歴史・階段・根本(原始的宇宙観)・暗示・妄想・科学との関係・心理(錯視現象)・光明面(フレーザー)を論じる。身體では人体十二宮・七曜・五行配当、厄歳とその俗説、相生相尅・男女相性・有卦、女が夫を殺すとされる丙午の迷信と天明・弘化のさとし書を扱う。