狐塚
どんな伝承か
昔このあたりは一面の藪であったが、だんだん世が開けて狐の居る所がなくなってしまった。行き場を失った狐が一ところに集まってしまい、「俺らは行くところがない、弱った」というようなことになった。それが祟っては困るというので、狐塚を建てて祭ったのだという。向原に伝わる狐塚の由来で、話者は舟久保敏男(明治四〇年生)、報告書では水の伝説のうち塚の伝説に分類されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
向原の民俗 上――昔話・伝説・怪異(民俗調査報告 第9号・第10号・民俗調査報告・民俗調査報告)
『向原の民俗 上(民俗調査報告第9号・第10号)』第IX章口承文芸所収の昔話・伝説・怪異。山梨県南都留郡の向原・明見地区に伝わる口承を採録する。