思案橋の弘法水
どんな伝承か
昔、雪の激しい大晦日に、一人の旅の僧が坂間村で歩けなくなり、粗末な家に宿を頼んだ。家の老婆は正月用に取っておいた三合ほどの米で粥を炊いてもてなした。目の見えない息子が働けずに困っていると聞いた僧は、明け方に雪がやみ日が出ていれば目は治ると告げ、翌朝そのとおり晴れると、東へ行った先の川の水で目を洗えと言い残して去った。老婆が探すと、思案橋の架かる大堤の川に澄んだ水が湧いており、それで洗うと息子の目はすぐに見えるようになった。評判が広まって宝暦のころには宿屋ができるほど人が集まり、水は弘法水と呼ばれて大堤の鮭延寺が管理したという。
原典より
さっそく老婆が川を探しに行ったところ、思案橋のかかっている大堤の川に、きれいな水が湧いていた。—— 古河市史 民俗編――伝説(古河市(編)・古河市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
古河市史 民俗編――伝説(古河市(編)・古河市史)
『古河市史 民俗編――伝説』は、古河市が編んだ市史の民俗編のうち、第一章「伝説と昔話」の伝説の節を収めたものである。古河市と周辺の総和町・野木町・北川辺町に伝わる沼や神木、三国橋の人柱、お菊卵塔などの墓地、源頼政や静御前、地蔵や野木明神の蛇にまつわる話を短く記す。伝説の特徴と分類を述べたのち、自然・社会・人物・信仰の四つに分けて収め、町名の由来を添え、昔話の節の冒頭で終わる。