頼政神社と源頼政の鵺退治
どんな伝承か
治承四年、平清盛を討つ企てが漏れた源三位頼政は、宇治の平等院で平家の大軍に囲まれて自害した。そのとき二人の従者に、遺骨は寺に納めず頭陀袋に入れて首に掛け、諸国を巡れ、自分の留まりたい所では必ず異変が起きるからそこに埋めよ、と言い残した。従者が古河の立崎の芝原で休み、発とうとすると袋が急に重くなって持ち上がらない。二人は遺言の異変と悟って骨を納め、庵を結んで生涯霊を祀った。これが頼政神社の起こりという。また古河の殿さまが夜ごと病に苦しんだ折、城の屋根に猿の顔・虎の体・蛇の尾の鵺が鳴いており、頼政が射落とすと病が治ったとも伝わる。
原典より
立崎の芝原で休息をとり、出立しようとしたとき、頭陀袋が急に重くなり持ちあげることができなくなってしまった。—— 古河市史 民俗編――伝説(古河市(編)・古河市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
古河市史 民俗編――伝説(古河市(編)・古河市史)
『古河市史 民俗編――伝説』は、古河市が編んだ市史の民俗編のうち、第一章「伝説と昔話」の伝説の節を収めたものである。古河市と周辺の総和町・野木町・北川辺町に伝わる沼や神木、三国橋の人柱、お菊卵塔などの墓地、源頼政や静御前、地蔵や野木明神の蛇にまつわる話を短く記す。伝説の特徴と分類を述べたのち、自然・社会・人物・信仰の四つに分けて収め、町名の由来を添え、昔話の節の冒頭で終わる。